Journal
#7
オリーブの余暇
2025.03.04
毎月1回、オリーブにはレクリエーションの日がある。終日あるいは半日をバーベキューや映画鑑賞、クリスマス会や餅つきなどして過ごし、年に一度は旅行も行く。「ぶらりサロン」や「〇〇同好会」など、それぞれ内容にちなんだ名前も付けられ、スタッフ、メンバーともにこの日をとても大切にしているのだと聞いた。
今回はぶらりサロンの日で、オリーブと同じ山科区にある大石神社に紅葉狩りへ行くと連絡があった。忠臣蔵で有名な大石内蔵助が祀られている神社らしい。
行き先や内容はスタッフが決めることもあれば、担当になったメンバーが決めることもある。今回はスタッフが決めたそうで、選んだ理由をたずねてみると、近場なこと、歩くのが辛いメンバーでも歩けそうな散策路であること、それから馬がいることを挙げた。毎月やっているので行き先がだんだんなくなっているとも言っていた。
集合場所はオリーブが運営する「るまんやましな」。ここは、2007年に京都市からの委託を受けて開設されたサロンで、オリーブから歩いて30秒ほどのところにある。
仕事を終えたオリーブのメンバーがお茶を飲みに立ち寄ったり、近所のひとたちとともに歌の練習をしたりして過ごしている。この日のぶらりサロンには、ここの常連さんも4人ほど参加すると聞いていた。
電車を乗り違えたわたしは、集合時刻ぎりぎりに到着してしまい、着いた頃には点呼が始まっていた。
実はこの日、同行できないかもしれないと思っていた。妊娠8ヶ月目に入り、2週間ほど前に体調を崩して数日寝込んでいたからだ。調子が戻らなければ取材に行くのは難しいかもしれないと伝えていたが、なんとか回復し、天気も良さそうだったので同行することにした。
一緒に行くるまんやましなのお客さんが80代と聞いて安心したこともある。それならついていけるかもしれないと思った。
秋晴れの穏やかな気候で、歩くとぽかぽかした。東海道新幹線の高架下にあるバス停で大石神社行きのバスを待った。しかしバスはなかなかやって来なかった。体が冷えてくる。おしゃべりを楽しんでいたメンバーもそわそわし始め、バスが来た頃にはみんな静かになっていた。
目的地は、最寄りのバス停から歩いて10分ほどのところだった。緩やかな坂道をゆっくりと上っていく。
突然現れる雀の群れ。庭の木にぶらさがる大きな柿。秋らしい景色をぼんやり眺め歩いていると、数人のメンバーを追い越していた。
大石神社の正面にある大きな鳥居に到着すると、30分ほどの自由時間が伝えられた。しかし誰もその場から動こうとしない。
そこでスタッフが、馬に餌をやろうと声をかけた。スタッフが用意したスティックニンジンを手に、めいめい馬に近付いていく。
馬は差し出されるがままニンジンを食べた。みんなが代わる代わる差し出すので、休む暇がない。そんなにたくさんやっても大丈夫なのかと心配になったが、ニンジンとリンゴはそれなりの量をあげても問題ないのだとスタッフが教えてくれた。
それから参拝をしたり、忠臣蔵の映画やドラマのポスターが掲示された建物をまわるなどして過ごした後、細い散策路をのぼって岩屋寺へと移動。
視界の開けた一角を発見したメンバーが、遠くに広がる山科の街並みを眺めていた。
皆それぞれに楽しんでいるようだった。
この日はいつもの取材とは違って、メンバーの方から声をかけてくれることが多かった。一緒に歩いているとペースが合って、自然に声をかけたくなるからかもしれない。
でもあとで気が付いた。今日は仕事ではなく遊びの日だった。だから声をかけてくれたのだ。
なかにはこれまでの記事に触れるひともいた。記事では、本人の発言を切り取って書き、写真も載せる。だからずっと気になっていた。
「ほんとうは、嫌じゃなかったですか?」「こう書いてほしいというのはなかったですか?」
いろいろと聞きたいことはあった。でも何も聞けなかった。あるメンバーは「良い写真を使ってくれましたね」と言い、また別のメンバーは、「いいことを書いてもらって恥ずかしかったです」と言った。本心かどうかはわからないが、わたしはお礼を伝えるしかできなかった。
境内の散策をひととおり終えると、スタッフがお菓子の時間にしましょうと言った。
事前にお菓子代として200円が徴収され、わたしはちょっとしたスナック菓子が出てくるものだと思っていた。しかしスタッフが運んできたのは、数段重ねた業務用のパンケースといくつかのウォータージャグ。なんだか大掛かりだ。
ケースのなかにはプリンやカステラ、ワッフルや団子などいろとりどりのお菓子が並んでいた。一人二つまで。同じものを選ばないようにと言われ、皆真剣に選んでいる。わたしは団子と焼き餅にした。
温かい緑茶と、これもまたスタッフが用意してくれた新聞紙を手に、大きなもみじの木の下へ移動。女性メンバーの隣に座らせてもらい、新聞紙はお尻の下に敷いた。
その女性と少し話した。彼女は、スタッフは仕事として自分たちを尊重し、決して失礼のないよう心を配ってくれるのだと言った。
団子を頬張りながら、お尻の下に敷いた新聞紙を思った。彼女の言っているのはこういうことかもしれない。
馬にやる餌、写真を撮る場所、お菓子の準備、散策路の傾斜や境内の広さ……下見は完璧に行われ、当日も隅々まで配慮が行き届いているように思えた。
妊娠してからは少し動くだけでも息が切れ、突然体調が悪くなることもあるので、遠出や人混みは避けるようにしていた。できないことは増えていくし、できそうなことでも、できなかったら嫌だなと思ってやらないことが増えた。
そんなわたしも、この日はいろいろなことを忘れて過ごしていた。スタッフの心尽しの配慮がわたしを包み込み、心地良い時間を提供してくれたように、メンバーもスタッフに守られていると感じながら日々を過ごしているのかもしれない。
こうしたことを書くと、行き過ぎた配慮はいけないとか、緩い環境に慣れてしまうと社会に出てからが大変だという声が聞こえてきそうだ。ある場面では、そうしたこともあてはまるかもしれない。
けれど、隣に座った彼女が言ったように、大切なことはスタッフが尊厳をもって接しているかどうかだと思った。
優しいとか気を遣われているといったことではなく、ひととして相手を尊重するなかに、ほんとうに心地良い時間や空間が生まれるのだ。
逆説的だけれど、頑張ったり何かに挑戦するためには、まずは安心していられることが大切だ。不安じゃないからこそ頑張ろうと思えるのだし、余裕があればこそ新しいことをやってみようと思える。
今日は仕事ではなく遊びの日だ。でも、遊びといって軽んじられず、遊びの時間こそが大切にされていることに、オリーブの思いを感じた。
この日のクライマックスは突然のあられだった。わたしたちは大きなもみじの木の下に逃げ込んだ。もみじの木は、大粒のあられからわたしたちを守っていた。
訪問日=2024年11月29日(木谷恵)